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仙台地方裁判所 昭和57年(行ウ)5号 判決

原告 板橋長寿 外二二名

被告 仙台市建築主事

主文

一  原告三好保、同村上敏子、同吉沢純子の本件訴えをいずれも却下する。

二  その余の原告らの請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和五七年六月二日付第一〇二七三号で行つた建築確認を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は訴外丸紅株式会社東北支店より昭和五七年一月二七日に提出された、仙台市向山一丁目三〇番、同三二番の一の宅地におけるマンシヨン「フアミール向山」新築工事(以下「本件工事」という。)についての建築確認申請に対し、昭和五七年六月二日付第一〇二七三号で確認(以下「本件確認」という。)を行つたものである。

原告らは、本件工事が実施される地域の隣接地の住民であり、右確認後に着手されるであろう本件工事により、日照、交通安全等の日常の保健衛生上の不断の悪影響を受け、ないしは火災等の不測の危難にさらされるおそれのある当事者であつて、本件確認に重大な利害関係を有するものである。

2  本件工事の規模は、鉄筋コンクリート造五階建(一部六階建)、最高軒高さ一七・二五メートル、建築面積九三五・九平方メートル、延床面積三九一七・八平方メートル、戸数四六戸である。また外構工事の造成面積は二五〇五・四〇二四平方メートルである。

本件工事は、その規模、面積、形態からして、都市計画法にいう開発行為に該当するものであるから、同法二九条により都道府県知事の許可(本件では同法八六条一項により仙台市長に委任されているが)を受けなければならないものである。

本件建設予定地のうち向山一丁目三二番の一 宅地九九一・五八平方メートルはもと畑地であつたが、昭和五五年一二月七日農地法五条に基づく転用届出により昭和五六年六月一二日に地目変更の登記がなされたものである。このことは仙台市の当局自身も熟知しているところである。

仙台市開発局開発審査課における開発許可の要不要の基準に関する「宅地についての取扱い」の要綱によれば、市街化区域内にあつて昭和四五年八月三一日以前から登記上の地目が宅地であつたものについては許可が不要とされているので、これとは逆に右三二番の一の土地については許可が必要であるというべきである。

昭和四四年一二月四日付建設省都市局長及び計画局長名の通達において「農地等宅地以外の土地を宅地とする場合は、原則として規制の対象とすること」とされていることに照らしてみても、本件工事が開発行為に該当するものであることは明らかである。

ところが、仙台市当局は、右土地が昭和四五年八月以前に既に宅地化されていたとして強引に許可を要しない土地であるときめつけている。

本件建設予定地は亜炭坑の試掘権も設定されている土地であり、現に亜炭坑の排水坑がその下を横切つているのである。又、地質調査の結果でも、この附近には網の目のように坑道が存在していることが判明しているのである。このような地盤上に六階もの建物の重量がかけられたときその危険性はいうまでもないところである。本件工事を開発行為に該当させないことがこれらの地盤処理を不問に付することになつていることに原告らは深い危惧の念を抱かざるをえない。

3  ところで、建築基準法六条一項に基づいて建築主事が行う確認の対象には、当該建築の計画が都市計画法二九条に適合しているかどうかという点も含まれているのである。これは建築基準法施行規則一条六項の明記するところである。同条同項によれば、右の適合性を証する書面が、建築確認申請書に添付されていなければならないのである。

4  本件確認の際の確認申請には、右適合性を証する書面の添付がなかつたのである。従つて本件確認は、都市計画法二九条に基づく開発行為の許可がないままになされたという点においても、また適合性を証する書面が申請書に添付されていないにもかかわらずなされたという点においても違法である。

5  また本件工事の予定地内には、仙台市向山一丁目三二番の六、同三一番の一、同三〇番の一の三筆の仙台市所有の土地が存在している。被告は本件確認に先立つて周辺の住民からこの事実を指摘されていたにもかかわらず、これを無視して本件確認を行つたものであり、この点からも本件確認は違法である。

6  よつて本件確認の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因第1項のうち、本件確認についての主張は認める。原告らについての主張は不知。なお原告らのうち、三好保、吉沢純子及び村上敏子は、本件工事がなされている土地とは遠く離れた所に居住している。

2  請求原因第2項のうち、都市計画法二九条による都道府県知事の開発行為の許可に関する事務が同法八六条一項により仙台市長に委任されていること及び本件工事については開発行為の許可がないことは認めるが、本件工事が開発行為に該当するとの点は争う。

3  請求原因第3項のうち、建築基準法施行規則一条六項の内容については認めるが、建築主事が行う確認の対象には、当該建築計画が都市計画法二九条に適合しているかどうかという点も含まれるとの主張は争う。

4  請求原因第4項、第5項は争う。

三  被告の主張

1  本件工事については都市計画法上の開発行為に該当しない旨の記載が、仙台市長により確認申請書に記載されている。

開発行為の許可の必要性とその内容の審査権限は、都市計画法上都道府県知事(本件では仙台市長)の権限であり、建築主事の権限でないことは明らかである。

ただ建築主から開発行為に該当するにもかかわらず、適合証明書を添付しないで建築確認の申請をする場合があることから、建築主事は開発行為に該当するか否かについての審査資料も審査権限もなくその判断ができないので、建築確認担当部局と開発許可担当部局とは緊密な連絡により適格な事務処理を図ることが行政運用として求められているのである。

本件においては、建築主事は本件建築計画が開発許可を要するか否かについて十分に開発許可担当部局(仙台市長)より開発許可不要という回答を得ているのである。この点についての開発担当部局の判断は建築主事としては十分に尊重信頼できるものであり、本件のように建築物の確認申請書に開発許可の要はない旨の表示がなされ、かつ、このように担当部局で判断審査したことを確認している以上、建築基準法施行規則一条六項の適用はないものである。

建築主が建築物の確認申請をするにおいては、建築基準法施行規則一条六項に定める都市計画法二九条の規定に適合していることを証する書面を申請書に添えなければならないとされているが、建築主事のなす審査の範囲は、当該確認申請にあたつて提出された申請書及び添付書類に基づき当該建物の敷地につき都市計画法二九条による開発行為の許可を必要とするか否かではなく、同条による許可を得たか又はこれを不要とされたかを添付書面上審査するにとどまるものである。

確認の申請にあたり二九条の開発行為に関する許可又は許可不要の旨の書面を添付させるのは、行政一般の整合性と調整をはかる意味においてであつて、開発行為の許可が必要か否か又はその内容が妥当適法であるかということについては、建築主事は審査の権限を有するものではないのである。

このように建築主事のなす審査の範囲は、開発行為の許可を得たかまたは許可を必要としたかを書面上審査するにとどまるものであり、本件においては、開発行為に該当しない旨の申請書への記載が、建築基準法施行規則一条六項にいう添付書類である。

開発行為に該当しない旨の仙台市長の判断とそれを証する書面(又はこれと同一の証明)がある以上、仮に市長の判断に誤りがあつたとしても、右に基づく建築主事の確認は何ら違法なものとなるものではない。

従つて本件確認に違法はない。

2  また建築主事には、当該確認にかかる建物の敷地についての私法上の使用権限につき審査する権限も義務もない。従つて建物敷地の私法上の使用権限が申請者にあつたか否かということは建築確認の適法性に何ら影響を及ぼすものではない。

四  被告の主張に対する原告らの反論

被告の主張する如き開発行為に該当しない旨の記載が、建築基準法施行規則一条六項の趣旨を充たすものでないことは明らかである。また被告のように解するならば、都市計画法施行規則六〇条において、建築基準法六条一項の規定による確認を申請しようとする者は、その計画が都市計画法二九条その他同法第三章の規定に適合していることを証する書面の交付を知事(又は委任された市長)に求めることができると規定されていることの意義がなくなつてしまうであろう。

第三証拠〈省略〉

理由

一  開発行為の許可に関して

1  被告により本件確認がなされたこと、仙台市においては都市計画法二九条の開発行為の許可が仙台市長に委任されていること及び本件工事について開発行為の許可がなされていないことは、いずれも当事者間に争いがない。

2  成立に争いのない乙第一号証の一、仙台市長に対する調査嘱託の結果、証人浅野多久治の証言並びに弁論の全趣旨を総合すれば、本件工事の建築確認申請をめぐる経緯について、次の事実が認められる。

訴外丸紅株式会社東北支店(以下「丸紅」という。)は訴外株式会社本間組を工事請負人として本件工事を施行することとし、敷地買収等の準備を進めたうえ、昭和五七年一月二七日建築確認申請を被告に行つたのであるが、これに先立つて本間組は昭和五六年一〇月頃、仙台市長の開発行為の許可に関する職務を分掌する仙台市開発局建築部開発審査課に対し、本件工事が開発行為の許可を要するものであるか否かについて問い合わせをした。同課はこれに対して現地を調査のうえ同月三〇日頃都市計画法四条一二項の開発行為にあたらないから許可を要しないとの判断をなし、その旨本間組に回答した。そして同課は、被告が右確認申請を受理した後である昭和五七年五月二五日頃には、右判断のもとに丸紅から被告に提出されていた建築確認申請書の「その他必要な事項」欄に「開発行為に該当せず―開発審査課」との記載をしたうえ担当者の押印をした。またこれと前後して同課では、本件工事現場付近の住民から問い合わせがあつたこともあつて、同年一月末から同年六月二日に至るまでの間に数回にわたり、被告との間で、本件工事に関し開発行為の許可の要否についての連絡調整を行い、同課の右判断にまちがいがない旨を被告に伝えた。その後同年六月二日に本件確認処分がなされた。

以上の事実が認められる。

3  原告らは、本件工事が開発行為にあたらず、許可を要しないとした仙台市の開発審査課の判断には誤りがあるとし、それを前提に前記のとおり開発行為の許可がないままになされた本件確認処分は違法である旨主張するのであるが、前認定のように建築確認に先立つて都市計画法上開発行為の許可の権限を与えられた都道府県知事ないし市長(具体的にはその権限を分掌する開発許可担当部局)が、当該建築計画について許可を要しないと判断しており、かつ、そのように判断されたことが建築主事において顕著である場合には、建築主事は審査にあたり、右判断の適法不適法に立ち入ることなく、当該建築計画が都市計画法二九条の規定に適合しているものと確認すべきであり、また建築主事の審査の範囲はそれをもつて足りるものというべきである(ちなみに附言すれば、当該事案が開発行為にあたるか否かについての許可権者の判断が、建築主事にとつて顕著でない場合には、建築主事は、明らかに開発行為に該当しないとみられる場合を除き、確認の前に許可権者に右判断を求める義務を負うものであり、これを怠つた場合にはその点において違法が生ずると解すべきである。)。

けだし、開発行為の許可不許可の権限が都道府県知事ないし市長にあることからみれば、その前提となる当該建築計画が該許可を要するものであるか否か(都市計画法四条一二項の開発行為の定義にあてはまるか、また同法二九条ただし書の除外事由に該当しないか)の判断の権限も同じく右許可権者に属するものと解さざるを得ないからである。即ち、もし、原告らが主張するように、許可権者により当該建築計画が許可不要との判断がなされているのに、なお建築主事が確認申請の審査において独自にこの点の検討をし、開発行為にあたるものであり、しかも許可を要するとして該許可を得てこない限り確認をしないというが如き処理をなし得るとすれば、結局、現実において、許可権者の右判断にかかわらず、許可を受けない限りは建築ができないという結果となり、開発行為等の規制を前記特定の許可権者の専権に委ねている都市計画法第三章の都市計画制限の制度の趣旨を没却することとなるからである。

従つて、本件工事につき開発行為の許可がないのに本件確認処分をしたのは違法であるとする原告らの主張は失当であり採るを得ない。

4  なお、右の問題について原告らは、都市計画法二九条以下の諸規定への適合性が建築主事の審査、確認の対象であるとし、そのことから直ちに、開発行為に該当する事案であるのに開発行為の許可がないままになされた本件確認は違法であるとの主張を導くようであるので、以下に当裁判所の見解を補足する。

建築基準法六条一項が、建築主事の確認の対象となる法令を同法関係のものに限定していないこと、さらに同法施行規則一条六項が都市計画法二九条以下への適合性を証する書面を確認申請書に添付することを要求していることからすれば、右の適合性が建築主事の審査、確認の対象であること自体は明らかである。

ただ都市計画法上開発行為等の規制が前記特定の許可権者に委ねられていることとの関係上、建築主事のこの点についての審査は、許可権者が適合すると判断しているか否かを審査するという、いわば形式的、外形的な審査にとどまることになるだけである。このことは、本件の如く許可権者が開発行為に該当しないとの判断をした場合だけにいえることではない。都市計画法二九条ただし書の除外事由に該当すると判断した場合や開発行為の許可をしたうえ開発行為に関する工事の完了後同法三六条二項の検査済証を交付した場合をはじめ、同法三七条ただし書に該当すると認めた場合、また同法四一条二項ただし書、四二条一項ただし書、四三条一項、五三条一項等の許可をした場合など、許可権者が都市計画法上の開発行為等の規制に適合すると判断した一切の場合について右のことがいえるのである。

開発行為等の規制に関する建築主事の審査は、このように形式的、外形的なものである点において、建築基準法第二章に定める建築物の敷地、構造及び建築設備に関する規制等について建築主事が実質的、内容的に審査をするのとは異なることになるのである。

5  次に、本件工事の建築確認申請に際し、該申請書には建築基準法施行規則一条六項の定める都市計画法二九条以下への適合性を証する書面の添付がなかつたとの点について検討する。

右規則の条項は、前述した建築主事の形式的、外形的な審査の必要から定められたものと解されるが、都市計画法二九条以下への適合性のみが念頭に置かれているから、同法四条一二項に定義されている開発行為の概念にそもそも該当しないと判断された本件の如き場合は、前記規則一条六項の予定外であるのであつて同条項の適用はないものと解すべきである(同条項にいう適合性を証する書面とは、都市計画法二九条ただし書に該当する旨許可権者が判断したことを証する書面、同法二九条、三五条により交付される許可証、同法三六条二項の検査済証、同法三七条ただし書に関する書面、同法四一条二項ただし書、四二条一項ただし書、四三条一項、五三条一項等における許可を証する書面などをいうものである。)。従つて、本件確認が建築基準法施行規則一条六項に違反する旨の原告らの主張は理由がない。

もつとも、開発行為に該当しない旨の許可権者の判断も、広い意味では都市計画法二九条以下への適合性の問題であるから、建築確認を申請する者は明白に開発行為といえない場合を除き、右判断を証する書面を建築基準法施行規則一条六項にいう適合性を証する書面として確認申請書に添付しなければならないと解する余地もないではない。しかしながら仮にこの見解に立つとしても、本件においては右条項の違反を理由に本件確認を違法とすることはできないものといわなければならない。けだし、本件においては、前記認定の如く被告は確認申請受理後である昭和五七年一月末から数回にわたり開発審査課と連絡をとり、同課の判断を確かめたうえ本件確認処分をしたものであつて、前記規則の目的とするところは、申請書受理後において十分に果たされていると認められるからである。

6  およそ、開発行為等の規制に関する都道府県知事ないし市長の判断に不服がある場合の抗告訴訟は、直接これらの許可権者を相手方としてなさるべきものである。ただし抗告訴訟である限りその対象は行政処分でなければならないのであるが、本件の如き開発行為にあたらないとする旨の判断は、開発行為の許可ないし不許可の処分とは異なり、必ずしも処分性を有するものとはいい難いものなのである。従つて、もしこの判断に処分性がないとした場合には、抗告訴訟の余地のない許可権者の判断によつて、開発行為に関する都市計画法二九条以下の詳細な規制が適用され得ないことになり、実質的な不都合が生ずる余地がないではないが、だからといつてこの場合には直ちにこれを理由として建築主事のした建築確認処分を争うことができるものとはいうことができない。

二  市有地の存在について

原告らはさらに、本件工事の敷地に仙台市の市有地が含まれているのにこれを無視してなされた本件確認は違法である旨主張するけれども、およそ建築確認申請の審査においては、建築工事の敷地の私法上の権利関係について建築主事が確認の権限ないし責務を有するものではないから、原告らの右主張は失当である。

三  原告三好保、同村上敏子、同吉沢純子の原告適格について

成立に争いのない乙第一一号証によれば、原告三好保は仙台市上杉三丁目一番五号に居住することが認められ、成立に争いのない乙第一三号証によれば、原告村上敏子は仙台市向山一丁目一四番一一号に居住することが認められ、成立に争いのない乙第一二号証によれば、原告吉沢純子は仙台市桜ケ丘七丁目一〇番二号に居住することが認められる。

以上によれば、原告らのうち右三名は本件工事のなされる仙台市向山一丁目三〇番、三一番、三二番の一、三二番の七の隣接地の住民とは認められず、従つて本件確認にかかる建築物自体により直接に権利又は利益を侵害される関係にあるものではないから、右三名の訴えについては原告適格を欠くものとして却下を免れない。

四  結語

以上の次第で、原告三好保、同村上敏子、同吉沢純子については訴えを却下し、その余の原告らの請求については理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 武田平次郎 河村潤治 林正宏)

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